沖縄県は琉球王国の歴史、1879年の琉球処分と沖縄県設置、1945年の沖縄戦、1972年の本土復帰を経て、現在の41市町村体制となりました。以下に主要な年表と史跡を示します。
成り立ちと行政区画の変遷
沖縄の行政区画は、琉球王国の城下から近代の県制・市町村制、戦後の米軍統治と本土復帰を経て、現在の41市町村へと変遷してきました。
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1429年
琉球王国の統一
尚巴志が三山を統一し、首里を中心とする琉球王国が成立。中国・日本・東南アジアとの貿易で発展しました。
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1609年
薩摩藩の介入
薩摩藩の侵攻により、琉球は江戸幕府と薩摩の両属となる二重支配の時代に入りました。
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1879年4月4日
琉球処分と沖縄県設置
明治政府により琉球藩が廃止され、沖縄県が設置されました。首里城は廃城となり、近代の府県制が始まります。
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1945年
沖縄戦
太平洋戦争末期の地上戦により県土の大半が戦火に見舞われ、首里城をはじめとする都市・文化財が焼失しました。
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1952年
琉球政府
サンフランシスコ講和条約に伴い、沖縄は米軍統治下の琉球群岛米国民政府(のち琉球政府)となりました。
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1972年5月15日
本土復帰
沖縄が日本に復帰し、再び沖縄県として都道府県の一員となりました。
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2000年
琉球王国のグスク及び関連遺産群
首里城跡など9つの関連遺産がユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
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2005年〜2006年
市町村合併
うるま市(2005年)、南城市(2006年)など、平成の大合併により現行の41市町村体制が整いました。
1879年の那覇・首里(県設置当初)
1879年(明治12年)の琉球処分に伴い、首里城は廃城とされ、那覇・首里一带は区制が整えられました。のちに市町村制のもどり、戦後の再編を経て、現在の41市町村となっています。
| 名称 | おおまかな区域 |
|---|---|
| 那覇区 | 那覇港・久茂地・松山方面(商業・港町) |
| 首里区 | 首里城下・真和志・金城方面 |
行政首長
1879年の県設置以降、沖縄の行政首長は県令・知事へと改称されました。本土復帰後は公選知事制が適用されています。
初代沖縄県令
- 氏名
- 楠本正隆(くすもと まさたか)
- 在任期間
- 明治12年4月〜明治14年(1879年〜1881年)
- 補足
- 1879年4月の沖縄県設置に伴い、初代県令として赴任しました。
本土復帰後・初代公選知事
- 氏名
- 屋良朝夫(やら ちょうほう)
- 在任期間
- 昭和47年7月〜昭和51年6月(1972年〜1976年)
- 補足
- 1972年5月15日の本土復帰後、同年7月の知事選挙で当選した初代公選知事です。
史跡・歴史的建造物
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首里城跡
琉球王国の政治・文化の中心地。2019年の火災後、正殿等の復旧が進められています。沖縄県全体の象徴的史跡です。
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識名園
那覇市識名に残る琉球王国第二尚氏王家的別邸庭園。回遊式の泉涌の庭園として知られています。
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玉陵
那覇市首里金城町にある尚氏王統の陵墓。琉球王国の王墓として歴史的价值が高い遺跡です。
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園比屋武御嶽石門
那覇市松山に建つ琉球王国最高の神社の門。石造りの鳥居として国内最古級の遺構の一つです。
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斎場御嶽
南城市知念にある琉球王国最高位の聖地(御嶽)。自然と信仰が結びついた琉球固有の遺産です。
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那覇市伝統的建造物群保存地区
松山・久茂地・辻などに残る町家・商店建築群。近代那覇の都市景観を今に伝える地区です。
出典:沖縄県「琉球王国のグスク及び関連遺産群」、沖縄県教育委員会 文化財ポータル、ユネスコ世界遺産センター(琉球王国のグスク)
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